新国富(Inclusive Wealth)における多様な資本の連関

新国富(Inclusive Wealth)における多様な資本の連関

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作成日: 2020年4月28日 (Creation date: April 28, 2020)

[引用]

  • 八木迪幸, 馬奈木俊介, 2020, 「第5章 新国富(Inclusive Wealth)における多様な資本の連関」, 佐藤真久, 北村友人, 馬奈木俊介(編), 『SDGs時代のESDと社会的レジリエンス』, pp.121–154, 筑波書房, 東京.
  • ISBN: 978-4-8119-0571-6

[Suggested citation]

  • Yagi, M., and Managi, S., 2020, Chapter 5. Various Capital Linkages in Inclusive Wealth: In Sato, M., Kitamura, Y., and Managi, S. (Eds.), ESD and Social Resilience in the SDGs Era, pp.121–154, Tsukuba-shobo, Tokyo. [Japanese]
  • ISBN: 978-4-8119-0571-6

新国富(Inclusive Wealth)における多様な資本の連関

八木迪幸1・馬奈木俊介2

  • 1 信州大学経法学部講師
    • 〒390-8621長野県松本市旭3-1-1
  • 2 九州大学主幹教授、工学研究院教授・都市研究センター長
    • 〒819-0395 福岡市西区元岡744

要旨

本章では,新国富について概要を説明し,新国富の3つの資本,人工資本,人的資本,自然資本の推計値に基づき,日本を中心に分析を行った。分析内容としては,新国富の総額,一人当たり指標,生産性(付加価値÷新国富)という3つの指標を紹介した。具体的な分析内容としては,全世界の1990年と2014年の比較(3節),日本の新国富(3節),日本とG7の比較(4節),都道府県別の新国富(5節),南海トラフ地震による被害との関連性(6節)を検証した。

  • キーワード:新国富(Inclusive Wealth),人工資本・人的資本・自然資本,新国富生産性,総額・一人当たり指標・生産性指標,南海トラフ地震の被害分析
  • JEL codes: E01, O11, O40, Q01

1. はじめに

本章の目的は,近年開発された新国富(IW: Inclusive Wealth,あるいは包括的富)という持続可能性指標について紹介することにある。本章は,新国富の最新の推計を用いて,世界と日本の現状を出来る限り簡易な方法で示すことを意図している。

2015年9月に国連持続可能な開発サミットにて持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)が採択されて以来,持続可能な開発についての世界の関心は,ますます高まっている。経済開発にあたっては経済成長の度合い(開発度)を測る必要があるが,従来の開発指標としては,国内総生産(GDP: Gross Domestic Product),あるいは一人当たりGDPが重要視されてきた(図5-1)。

しかし,持続可能な開発を行うにあたり,一部の経済学者からは,(一人当たり)GDPの問題点が大きく2つ挙げられている(第2節)。まず,GDPはその国で生み出された付加価値の程度を示すだけで,付加価値がその国に留まるかどうかは分からない(この性質を経済学ではフローと呼ぶ)。よって,経済成長の度合いを測定するのであれば,付加価値額を計測するよりも,資本のようなその国に留まる価値の方が望ましいだろう(この性質を経済学ではストックと呼ぶ)という主張である。次に持続可能性を考える場合,経済だけではなく,その他のこと,例えば自然環境を考える必要がある。これは,化石燃料のような枯渇性資源を使い尽くしても,GDPは増加しうることによる。従って,経済に限らず,その他全ての包括的(Inclusive)な資本を考える方が,持続可能性を示すのに妥当であるという主張である。

新国富(包括的富)はGDP(経済面でのフロー)ではなく,包括的な資本(全てのストック)を考えたほうが持続可能な開発の指標として望ましいだろうという考えに基づいている。現行の新国富(2018年版)とは,人工資本と人的資本,自然資本の3つの資本を合計したものである(図5-1)。なお,この新国富に,外的ショックによる便益や損失分を考慮したものを新国富指標(IWI: Inclusive Wealth Index),あるいは調整済み新国富(Adjusted IW)と呼ぶ。外的ショックには,炭素ダメージと原油価格の変動によるキャピタルゲイン,全要素生産性(TFP: Total Factor Productivity)の影響が現在考慮されている。

新国富の特徴として,単に資本の合計であるので,データさえ整備されていれば,国レベルだけでなく,都道府県レベル,市区町村レベルなどにまで分解が可能である。本章では,日本の新国富を国レベルと都道府県レベルとで分析して紹介する。本章の構成は以下の通りである。まず第2節では,新国富の理論的な紹介を行う。第3節では,全世界と日本の新国富を紹介する。第4節では,日本とG7で新国富生産性についての比較を行う。第5節では,2015年時点での,都道府県別の新国富を用いて比較を行う。第6節では,新国富を用いた分析の応用例として,都道府県別の南海トラフ地震による被害推計を行う。第7節は,社会的レジリエンス強化に向けた課題と展望をまとめる。第8節は結論となる。

2. 新国富とは

2.1 SDGsとGDPの問題点

2015年9月の国連持続可能な開発サミットでは,2001年に策定されたミレニアム開発目標を基に達成できなかったものを全うする行動計画として,2030年までに達成されるべき持続可能な開発目標(SDGs)が採択された(United Nations, 2015, 邦訳)。このSDGsに基づき,政府や地方自治体は,持続可能な開発を目指し,開発プログラムを実行することが求められる。SDGsは具体的な目標を策定した点で評価されるべき取り組みであるが,一方で技術的な問題として,実行される開発プログラムが持続可能であるかどうかを判断する方法が提示されていない(Dasgupta et al., 2015)。

例えば,公共事業を行う際は,分析手法として費用便益分析や費用効果分析がある。これらにより,実施プログラムの費用ともたらす便益や効果を比較し,事業の実施に関する判断を行うことが出来る。一方SDGsの場合,持続可能性の便益や効果を測定する必要があるが,どのように測定すればよいのかその方法論に欠けるという問題点がある。

持続可能性は様々な範囲に,そして長期に渡る概念であるため,一般的に測定が困難である。例えば,日本の持続可能性を評価しようと考えた場合,日本全体の持続可能性を測定するのは困難であるため,分析対象の範囲をまず決める必要がある(例えば,森林)。しかし分析対象が決まったとしても,さらに問題が生じる。例えば,将来の便益や効果を,現在の価値に置き換える必要がある。そして,将来のことは不確実なので,その不確実性をどのように考慮するかといった問題も生じる。

開発に関して,今日一般的に使用されている指標はGDPである。なお三面等価の原則により,GDPは総付加価値(生産)であり,支出(消費)であり,また分配(所得)でもある。従って,GDPでは生産は消費や投資を生みだすことになる(図5-1)。GDPが開発指標として有用な点は,消費や投資は人々の満足度を増加させると想定されている点にある(この満足度を経済学では効用と呼ぶ)。(総額あるいは一人当たりの)満足度が高ければ経済成長ないし開発に成功していることになるが,この満足度自体は測定しにくい。従って,満足度を生みだす消費や投資の代替変数であるGDPは,開発指標としてはある程度有効である。このGDPを計算する手法は,国民経済計算(SNA: System of National Accounts)として確立されており,消費,投資,雇用,政府支出などの資源フローを記録し,所得のフローであるGDPを測定する(Dasgupta et al., 2015)。

しかしGDPは次の2点で問題がある。まずGDPはフローでありその国に留まるわけではないことと,経済面しか考慮できていないことである。例え天然資源が枯渇しても,GDPは増加しうるからである。

2.2 新国富

本章で紹介する新国富とは包括的(Inclusive)な富(Wealth)のことである(元々は包括的富と呼ばれていた)。前述の通り,生産は消費や投資を生みだすことになるが(図5-1),この生産や消費(GDP)自体を測定することは,フローであることと経済面しか考慮できていないことの2点で問題であった。新国富とは包括的な資本のことであるが,この包括的な資本は生産や消費を生みだすことができる(図5-1)。従って,生産や消費の測定が問題であるならば,それらを生む全ての資本を計測することで富と考えようとするのが新国富の考え方である。

なお,新国富は生産に使われるだけではない。まず新国富があることで,直接に効用を増加させる。これは建物や自然環境があることで,人々が豊かな気持ちになれることの効果である。そして,投資行動から資本へのフィードバック効果がある。これにより,新国富を用いて生産を行うと,投資に繋がり,フィードバックとして新国富の増加に繋がることになる。

新国富の内訳として,新国富(2018年版)は,次の3つの資本を含む。人工資本(Produced capital: 設備や建物など)と人的資本(Human capital: 教育資本と健康資本),そして自然資本(Natural capital: 農地と森林,漁業資源,化石燃料,鉱物)である。

まず,人工資本は経済学でよく用いられるいわゆる「資本(ストック)」であり,設備や建物などを指す。資本ストックは,その減耗(消費)分がGDPでも固定資本形成として考慮されている。固定資本形成は,通常の資本の摩損および損傷(減価償却費)と火災,風水害等の偶発事故による価値の損失の通常に予想される額(資本偶発損)の2つから成る(内閣府, 2007)。なお,資本ストックの方法は幾つかあり,ベンチマークイヤー法や恒久棚卸法などがある。例えば,ベンチマークイヤー法は民間企業資本ストック(93SNA)で用いられている(内閣府, 2005)。一方で,恒久棚卸法は新国富の推計で用いられており,大掛かりな統計データが不要であるなどの特徴がある。

新国富ではこの通常の資本のほかに,人的資本と自然資本という2つの資本を考慮している。人的資本とは,人に備わる価値の総和である。2018年版の人的資本では,教育資本と健康資本とに分けられる。教育資本とは,人に備わる教育による価値のことで,健康資本とは人が健康(長寿)であることの価値である。一方で自然資本とは,主に第一次産業で用いられる自然環境の価値のことである。2018年版の自然資本では,再生可能資源として農地と森林,漁業資源,枯渇性資源として化石燃料と鉱物が考慮されている。

人的資本と自然資本の特徴として,しばしば市場価格が無いことが挙げられる。例えば,教育や農地の価値は,市場価格が無い場合価格をつけにくい。そこで単位当たりの影の価格(シャドウプライス)を計算する。これは,元々は1単位当たり効用がどれだけ増えるかの限界利益であるが,1単位当たり調達する場合に掛かる想定上の費用(限界費用)でもある。この影の価格に資本量(例えば,教育や農地の量)を掛けることで資本の価値を計算することが出来る。

こうして,人工資本と人的資本,自然資本を合計すると新国富となるが,これら資本とは別に発生する便益や損失(外的ショック)によって人々の厚生は増減しうる。この外的ショックを考慮した新国富を,新国富指標(IWI)や調整済み新国富(Adjusted IW)と呼ぶ。なお,概して新国富への影響は小さいと予想されるので,単純な推計では考慮しない場合もある。現在は炭素ダメージと原油によるキャピタルゲイン,TFPの3つが外的ショックの調整項目として挙げられている。炭素ダメージとは,気候変動による各国への被害である。気候変動は温室効果ガスにより人為的に発生しているとされているが,気候変動は温室効果ガスの排出が多い国ほど損害を受けるわけではなく,気候変動の影響は地理や産業構成などにより様々である。この意味で地球全体で抱えている被害額(経済学における負の公共財)としての性格を持っている。

原油のキャピタルゲインとは,原油価格の増減による便益や損失のことである。原油価格が上がると,産油国にとっては便益となり,輸入国にとっては損失となる(逆もまた当てはまる)。

TFPとは,生産に用いる全ての要素による生産性のことである。なお,そもそも生産性とは生産要素当たりの付加価値のことである。例えば,労働生産性であれば,就業人口一人当たりどれだけ付加価値を生み出しているかの指標であり,資本生産性であれば資本当たりどれだけ付加価値を生み出しているかの指標である。TFPは労働生産性や資本生産性とは少し異なり,何らかの資本による影響というよりは,幾つかの「不明な」資本による影響を反映している。例えば,経済学におけるソローモデルで,生産性が資本,労働,中間投入以外の不明な残差(ソロー残差)で表現されていることを想定してもらいたい。従って,TFPは外的なショック(災害など)でも変化しうる。TFPが低いと,その年は資源を上手く使えなかったことになり,損失が生じる(逆もまた当てはまる)。

なお,新国富(指標)は規模(人口)が大きいほど,大きくなりやすい。そこで,一人当たりGDPのように,一人当たり新国富(指標)も新しい持続可能な開発指標として提案されている。

2.3 新国富レポートの改定内容

国連環境計画(UNEP: United Nations Environment Programme)と国連大学の地球環境変化の人間・社会的側面に関する国際研究計画(UNU-IHDP: UN University - International Human Dimensions Programme)は,新国富レポート(IWR: Inclusive Wealth Report)を,これまで2012年と2014年, 2018年の3回発行している(UNU-IHDP and UNEP, 2012, 2014; UNEP, 2018; Managi and Kumar, 2018)。人工資本,人的資本,自然資本の3つの資本の括りは同じだが,改定ごとに人的資本や自然資本の推計対象が拡大されており,推計の対象国や年度も拡大している。ここで,新国富レポートがいかに改定されてきたかを確認したい(表5-1)。

まずIWR2012では,対象は1990-2008年の20か国である。IWR2012の人工資本は経済学における通常の「資本」であり,King and Levine (1994)に基づき,恒久棚卸法(割引率7%)で推計されている。

IWR2012の人的資本は,Arrow et al. (2012)に基づいた学歴(教育年数)と教育からの生涯年収から推計する。これは,教育年数と就業訓練による賃金から人的資本の価値を計算し,この価値に単位当たりの平均労働賃金である影の価格を掛けて計算する。影の価格は,人口,性別と年齢別の死亡率,性別と年齢別の労働力などから算出する。なお,就業訓練による賃金の金利は8.5%と仮定される。

IWR2012の自然資本は,前述通り主に5つ,農地(耕作地,放牧地),森林(木材,非木材価値),化石燃料(主に石炭,石油,天然ガス),鉱物(ボーキサイト,銅,金,鉄など),漁業資源(4カ国のみ)から推計される。基本的な計算の仕方は,各資本の量に,対応する資源使用料(期間平均の単位当たり平均市場価格)を掛けることで求められる。

その他調整項目として,IWR2012では,前述通り炭素ダメージ,原油価格の変化によるキャピタルゲイン,全要素生産性が考慮されている。なおIWR2012では,人々がどれだけ健康かを資本として評価する健康資本が推計されているが,人的資本には含められていない。これは,健康資本の重要性は認められつつも,IWR2012の試算では人工資本,人的資本,自然資本の3つよりはるかに大きい値となったため,除外されている。健康資本は,Arrow et al. (2012)に基づき,人口に統計的生命の価値(VSL: Value of Statistical Life)を掛けて,割引率で現在価値に換算して計算されている。従ってIWR2012の健康資本とは,いわば寿命の価値である。

次に,IWR2014では,IWR2012から次の項目が変更された。まず対象が1990~2010年の140か国に拡大した。次に人工資本の割引率が4%となった。

IWR2014の人的資本は,計測方法はArrow et al. (2012)と同じであるが,この方法はほぼ学歴(教育年数)のみに依存しているため,一国の人口の潜在性を推計するには問題があると主張された。新たに提案された手法は労働市場における一人当たり年収から計算する方法である(Jorgenson and Fraumeni, 1992)。この方法では,人口を年代別に,15~40歳(教育と就業),41~64歳(就業のみ),65歳以上(定年退職以後)の3段階に分け,それぞれ年齢,性別,教育水準と,翌年にまだ就業しているかどうかの生存率(など)を用いて年収を計算する。

最後に,IWR2014では健康(Health)に関する資本推計は行われていないが,健康に関しての理論の整理が行われた。提示されたモデルによると,健康は直接の厚生,生産性(GDP),寿命の3つの経路から,人々の厚生に影響するとされる。ただし,前者2つの推計はデータや実証研究が不足しているため難しく,このため寿命の価値が健康資本の主要な推計となる。なお寿命の価値は,アメリカでは一人当たり年間約1万ドルと推計されている。

IWR2018では,対象国は140ヶ国で同じであるが,対象年が1990年から2014年までに拡張されている。人的資本では,新たに健康資本が加えられた。そして人的資本の推計では,教育と健康の影の価格の推計方法が変わり,フロンティアアプローチが採用されている。これは,ノンパラメトリック手法の一種である包絡線分析に基づいており,GDPを目的関数(産出要素),新国富の3つの資本(人工,人的,自然)と健康資本の4要素を説明変数(投入要素)とするフロンティア生産関数から,影の価格を推計する手法である(Färe et al., 2005; Tamaki et al., 2018)。

そして,IWR2018では自然資本に漁業が追加されている。自然資本における漁業の割合は小さいものの,資本ストックは減少傾向にある。

3. IWR2018の概要

3.1 世界の新国富

前節で紹介したIWR2018の結果を簡単に紹介したい。まず全世界の結果(表5-2)について,1990年と2014年を比較する。総額について(表上側),まず年間GDPの総額は,1990年が30.5兆ドル,2014年が56.8兆ドルであり,単純な増加率を取ると86.1%増加している(ドルは2005年の実質USドル)。GDPは140か国中136か国で増加(又は不変)であり,減少したのは4カ国のみである。従って,ほとんどの国でGDPの成長に成功している。

同様にして新国富について,1990年は809兆ドル,2014年は1,216兆ドルで,増加率は50.4%である。新国富は135か国で増加(又は不変)し,5カ国のみで減少している。従って,GDP同様に堅調に増加していることが分かる(ただしGDPよりも,増加率は小さい)。比率でみると,新国富はGDPの20倍以上である(1990年は27倍,2014年は21倍)。逆に言えば,新国富を100%とすると,4%に当たるGDPを年間で生み出していることになる(1990年3.8%,2014年4.7%)。ただし前述通り,GDPはフロー,新国富はストックであることに注意したい。

新国富の内訳をみると,1990年は人工資本が89兆ドル,人的資本が615兆ドル,自然資本が105兆ドルであり,2014年は人工資本が195兆ドル(+119.9%),人的資本が929兆ドル(+51.1%),自然資本が92兆ドル(-12.6%)である。特徴として,各資本の大きさは異なり,人的資本が突出して最も大きく,人工資本と自然資本は同様の規模である。増加率が最も大きいのは人工資本で,15年間で2倍以上に増加している。一方で,自然資本は1990年比で唯一減少している。各国の増減を見ても,1990年比で資本が増加した国は,人工資本で136か国,人的資本で133か国であるが,自然資本は31か国のみである。この自然資本の減少は,再生可能資源や枯渇性資源が減少し,回復が追い付いていないことを示す。

次に一人当たりの指標(各国の単純平均)を確認する(表下側)。なお人口は1990年は49.5億人であったが,2014年には69億人となり,39.4%増加している。一人当たりGDPについて,1990年は8.2千ドル,2014年は11.9千ドル(+45.5%)で,期間中128か国で増加し,12か国で減少している。従って,GDP同様に,一人当たりGDPも多くの国で成長していることが分かる。

次に一人当たり新国富であるが,1990年は220.7千ドル,2014年は210.7千ドル(-4.5%)であり,わずかに減少している。増加した国は89か国で,減少した国は51か国である。従って,一人当たり新国富は半分以上の国で増加しているものの,減少している国も多く,持続可能な開発が行われていないことが示唆される。内訳をみると,減少の理由は,人工資本や人的資本の増加では賄いきれないほど,多くの国で一人当たり自然資本が激減していることによる。一人当たり人工資本が24.8千ドルから40.8千ドル(+64.2%)に大幅に増加,一人当たり人的資本が136.6千ドルから139.1千ドル(+1.9%)に微増,一人当たり自然資本が59.3千ドルから30.8千ドル(-48.0%)に激減している。期間中増加した国の数は,一人当たり人工資本が120か国,一人当たり人的資本が122か国,一人当たり自然資本が12か国のみである。

3.2 日本の新国富

続いて,日本の結果を確認したい(表5-3)。まず総額について(表上側),年間GDPは1990年3.9兆ドル(2位),2014年は4.8兆ドル(3位)である(増加率は24.1%で128位)。一方,新国富は1990年は26兆ドル(6位),2014年は36兆ドル(5位)である(増加率は37.5%で88位)。比率でみると,新国富を100%とすると,13~14%に当たるGDPを年間で生み出していることになる(1990年14.6%,2014年13.2%)。前述の全世界では4%に当たるGDPを生み出していたことと比較すると,日本は(新国富)生産性が高いことになる。内訳をみると,人工資本は13兆ドル(2位)から21兆ドル(2位)へと増加(+56.7%,120位),人的資本は12兆ドル(7位)から15兆ドル(9位)へと増加(+19.3%,118位),自然資本は567十億ドル(32位)から458十億ドル(29位)へと減少(-19.2%,89位)している。人工資本が大きく増加し,人的資本が微増し,自然資本が減少しているという傾向は,全世界の傾向と合致している。日本の特徴としては,人工資本が相対的に大きく,自然資本は著しく小さいことが挙げられる。また国の規模が相対的に大きいことも影響し,増加率の順位は相対的に低い。

次に日本の一人当たりの値を確認する(表下側)。なお,人口は1990年と2014年でともに約1.2億人で,3.0%増加している。一人当たりGDPは,1990年は31.2千ドル(10位),2014年は37.6千ドル(19位)と増加している(+20.5%,109位)。一方で,一人当たり新国富は1990年は212千ドル(45位),2014年は284千ドル(39位)と増加している(+34.0%,25位)。日本の特徴として,一人当たりGDPも一人当たり新国富も増加しており,持続可能な開発が行われていると言える。また一人当たりGDPは10位から19位と後退したが,一人当たり新国富は45位から39位と前進しており,相対的に持続可能性が高まっている。内訳をみると,一人当たり人工資本は108.2千ドル(7位)から164.7千ドル(10位)へと増加(+52.2%,85位),一人当たり人的資本が99.7千ドル(43位)から115.6千ドル(42位)へと増加(15.9%,66位),一人当たり自然資本が4.6千ドル(104位)から3.6千ドル(92位)へと減少(-21.7%,39位)している。一人当たり人工資本と一人当たり人的資本が増加し,一人当たり自然資本が減少しているのは,全世界の傾向と合致している。

これらを踏まえると,日本の特徴(2014年)は規模はGDP3位,新国富5位と大きいが,一人当たりでは一人当たりGDP19位,一人当たり新国富39位と低いことにある。そして,新国富の特徴としては,人工資本が大きく,自然資本が小さいことも挙げられる。

4. 日本とG7の新国富生産性

本節ではG7との比較から,日本の新国富と生産性について考察したい(表5-4)。前述の通り,生産性とは生産要素が付加価値を生みだす効率性や寄与度のことを指す。最も簡単な生産性は,「付加価値÷生産要素」である。労働生産性であれば,時間当たりや一人当たりの付加価値で表すことができる。

例えば,しばしば日本は労働生産性が低いと言われる。日本生産性本部(2018)によれば,2017年時点で日本の労働生産性はG7で最下位である(表5-4上部)。購買力平価換算ドル(PPPドル)で,日本の時間当たり労働生産性は47.5ドル,人口一人当たりの労働生産性は4.3万ドルでG7中で5位,就業者1人当たり労働生産性は8.4万ドルで最下位である。人口一人当たりでは5位であるが,就業人口一人当たりでは7位に下がるのは,日本は就業人口率(就業人口÷人口)が51.5%と多く,相対的に就業人口が多いことによる。 日本は少子高齢化により(就業)人口が減少すると予測されているが,人口減少と労働生産性の低さは経済成長にとって深刻な問題である。例えば,労働生産性は「付加価値÷人口」と表されることから,逆に付加価値は「労働生産性×人口」で表すことができる。従って,(就業)人口が減少する中で現在の付加価値を維持するには労働生産性を上げるしか方法はなく,この意味で労働生産性は重要となる。

生産性は,労働だけでなく,新国富においても考えることができる。新国富は3つの資本の集まりなので,これら資本がいかに付加価値(GDP)を生みだしているかを計算することができる。例えば,新国富生産性は,「GDP÷新国富」で計算できる。同様に,人工資本生産性は「GDP÷人工資本」,人的資本生産性は「GDP÷人的資本」,自然資本生産性は「GDP÷自然資本」で計算できる。この考え方をもとに,G7における日本の新国富生産性を検証してみたい。

表5-4はIWR2018より引用したG7のデータ(2014年)である。総額について(表中部),日本のG7内順位はGDPと新国富,人工資本,人的資本は2位,自然資本は4位,人口は2位である。なお,全ての1位はアメリカである。各項目の中では,自然資本で格差が見られ,アメリカが突出しており(9.5兆ドル),2位はカナダ(4.1兆ドル),3位はドイツ(1,4兆ドル),下位4カ国(日本,イタリア,フランス,イギリス)は0.5兆ドル以下である。

次に一人当たり指標(表中部)について,日本の一人当たりGDPは37.6千ドルで5位であり,日本生産性本部(2018)の推計と整合的である。日本の一人当たり新国富は284千ドルであり,カナダ(328千ドル),ドイツ(285千ドル)に次いで3位である。従って,日本はドイツと同程度に持続可能性が高いことになる。内訳をみると,一人当たり人工資本は164.7千ドルで1位,一人当たり人的資本は115.6千ドルで2位(1位はドイツ),一人当たり自然資本は3.6千ドルで6位(最下位はイギリス)である。日本は,一人当たり人工資本と一人当たり人的資本が相対的に大きく,一人当たり自然資本は相対的に少ないことになる。

最後に,生産性(表下部)を確認する。新国富生産性は,日本は13.2%で6位である。なお1位はイギリス(20.6%)で,最下位はカナダ(11.7%)である。従って,日本は労働生産性だけでなく新国富生産性が低く,付加価値を生み出せていないことになる。内訳を確認すると,まず人工資本生産性は22.8%で最下位である。この結果は意外に思われるかもしれないが,日本は人工資本(設備や建物)への投資効率が悪いことを示している。

次に,人的資本生産性は32.6%で6位である。なお,最下位のドイツは32.5%でほぼ変わらないため,日本の人的資本生産性はG7最下位レベルにある。従って,日本の結果だけを考えると,日本生産性本部(2018)の結果と整合的である。なお日本生産性本部(2018)によると,イギリスは1時間当たり付加価値6位(53.5ドル),就業者1人当たり付加価値6位(9万ドル)である。しかし,本節の結果ではイギリスの人的資本生産性は52.2%で1位である。前述の通り,人的資本とはほぼ健康資本(寿命の価値)であるので,イギリスは相対的に健康資本が低いことが人的資本生産性を逆に引き上げていると推測される(人的資本の価値については5.2節参照)。

最後に,日本の自然資本生産性は1,044%で2位である。1位は同じ島国のイギリスで,1,612%である。日本とイギリスは,相対的に乏しい自然資本でより大きな付加価値を生み出していることになる。

まとめると,日本は,労働生産性だけでなく,新国富生産性もG7中で6位と低い。特筆すべきは,人工資本生産性と人的資本生産性の低さである。従って,労働生産性だけでなく,設備や建物当たりの付加価値額をいかに増加させるかが課題となっている。

5. 都道府県別の新国富

5.1 総額

これまでの分析では,国単位の新国富を取り扱ってきた。本節からは,新国富を国内の地域開発にどのように役立てることが出来るかを紹介したい。なお市区町村レベルのデータとしては(株)富士通研究所が開発しているEvaCva-sustainableに日本全国1,742自治体の新国富がまとめられている。

本節では都道府県単位の新国富を検証する。データはManagi(2019)に基づき,2015年版の新国富を用いる。なお都道府県の県内総生産(名目GRP: Gross Regional Product)は,内閣府(2019)より用いる。

まず総額について(表5-5),GRPの上位3位は1位東京(104兆円),2位愛知(40兆円),3位大阪(39兆円)であり,下位3位は45位島根(2.6兆円),46位高知(2.4兆円),47位鳥取(1.8兆円)である。新国富の上位は1位東京(491兆円),2位大阪(225兆円),3位神奈川(216兆円)であり,下位は45位山梨(25兆円),46位沖縄(21兆円),47位鳥取(20兆円)である。従って,総額については,GRPと新国富の順位は相関している。

内訳として,人工資本は,上位は1位東京(273兆円),2位愛知(142兆円),3位大阪(137兆円)であり,下位は45位高知(13兆円),46位沖縄(12兆円),47位鳥取(11兆円)である。人工資本の順位もおおむねGRPと似ている。人的資本は,上位は1位東京(217兆円),2位神奈川(97兆円),3位大阪(87兆円)であり,下位は45位鳥取(8兆円),46位沖縄(7.8兆円),47位宮崎(6.4兆円)である。人的資本の順位もGRPの順位と似ている。なお,人的資本(合計1,290兆円)は教育資本(52兆円)と健康資本(1,238兆円)に分けられるが,健康資本が占める割合が96%と大きいことから,人的資本とはほぼ健康資本である。自然資本は,上位は1位北海道(52.4兆円),2位長崎(5.1兆円),3位静岡(4.3兆円)であり,下位は45位奈良(0.5兆円),46位滋賀(0.4兆円),47位大阪(0.4兆円)である。自然資本は,北海道が突出して大きいことに特徴があり,これまでの傾向と異なり,GRPの大きさとあまり相関が見られない。

なお,自然資本で奈良が45位,滋賀が46位であるのは直感に反すると感じるかもしれないが,これは次のような理由による。例えば奈良は奈良公園(奈良市)の鹿が有名であり,自然の価値が一見多いように感じるかもしれないが,自然資本にはこの鹿の価値は含められていない。そして,奈良は歴史的な価値が高く,文化庁(2019)によると2019年2月時点で国宝数(美術工芸品・建造物)が203件で3位,重要文化財数が1,327件で3位である。しかし,自然資本では,奈良の持つこうした文化の価値は反映されていない。また,滋賀は日本最大の湖である琵琶湖があり,ラムサール条約登録湿地に登録されるなど自然資本の価値が高いように思えるかもしれない。しかし,こうした湖自体の価値も,自然資本には反映されていない(港湾や船,生息する漁業資源の価値は人工資本や自然資本で考慮されている)。

5.2 一人当たり指標

次に一人当たり指標について(表5-6),一人当たりGRPは,上位3位は1位東京(772万円),2位愛知(529万円),3位静岡(467万円)であり,下位3位は45位埼玉(307万円),46位鳥取(306万円),47位奈良(262万円)である。一人当たりGRPの結果はおおむね直感的であり,東京(1位)と愛知(2位),大阪(7位)が上位である。他の上位では,北関東(4位栃木,6位茨城,8位群馬),太平洋ベルトの静岡(3位),三重(5位)などが挙げられる。

一方で一人当たり新国富は,上位は1位島根(4,407万円),2位山口(4,311万円),3位福井(4,228万円)であり,下位は45位埼玉(2,109万円),46位京都(1,413万円),47位千葉(1,278万円)である。一人当たり新国富の結果は,直感的ではないかもしれないが,一人当たりGRPとはあまり相関がないことが分かる。一人当たり新国富の上位は中国地方(島根1位,山口2位)や日本海側(福井3位,富山4位,秋田5位),四国(高知6位,徳島8位),三重(7位)などである。先に挙げた一人当たりGRP上位の中で一人当たり新国富が上位であるのは,一人当たりGRP1位東京が一人当たり新国富9位,一人当たりGRP5位の三重が一人当たり新国富7位である。その他の愛知,静岡,栃木,群馬,大阪などは一人当たりGRPは高いが一人当たり新国富は低い(例えば,一人当たりGRP2位の愛知は一人当たり新国富35位,一人当たりGRP3位の静岡は一人当たり新国富31位である)。

内訳をみると,一人当たり人工資本は,上位は1位福井(2,379万円),2位山口(2,280万円),3位富山(2,280万円)であり,下位は45位沖縄(1,207万円),46位奈良(1,191万円),47位埼玉(1,039万円)である。上位の特徴は捉えづらいが,港湾があること,発電所が多いこと,(一人当たり)公共事業費が高いこと,工場が多いことなどが上位の可能性として挙げられる。

次に一人当たり人的資本は上位は1位島根(1,916万円),2位山口(1,900万円),3位福井(1,716万円)であり,下位は45位宮崎(581万円),46位熊本(570万円),47位千葉(232万円)である。前述の通り人的資本とはほぼ健康資本のことであり,上位ほど長寿の価値が高いことを示す。ここで,千葉は外れ値的に突出して人的資本が低いことに注意したい。これは推計手法であるノンパラメトリック手法の特徴(2.3節参照)として,このように外れ値を含みやすいためだろうと推測する。なお,人的資本が低いというのは,フロンティアアプローチの生産関数上で,教育(年数)や健康(寿命)当たりの限界費用が安いことを意味する。言い換えると,千葉県民の教育や寿命の1年分は,生産要素として相対的に安く調達できることになる(ただし,繰り返しになるがこの推計値は外れ値であり,再推計で大きく変動する可能性が高い)。

一人当たり自然資本は,上位は1位北海道(974万円),2位高知(409万円),3位長崎(371万円),下位は45位埼玉(13万円),46位東京(6万円),47位大阪(4万円)である。1位の北海道は一人当たり指標でも突出している。

5.3 新国富生産性

最後に新国富生産性を確認する(表5-7)。まず新国富生産性(GRP÷新国富)は上位は1位東京(21%),2位千葉(21%),3位愛知(20%)であり,下位は45位秋田(9%),46位鳥取(9%),47位島根(8%)である。この順位は一人当たりGRPと順位が似ている(なお,一人当たりGRPは東京1位,千葉7位,愛知2位であり,秋田40位,鳥取47位,島根45位であった)。ただし,完全に相関しているわけではなく,一人当たり新国富が高くても,一人当たりGRPが低い都道府県もある。例えば,沖縄は新国富生産性4位だが一人当たりGRPは11位で,京都は新国富生産性5位だが一人当たりGRPは21位である。

新国富生産性が取りうる範囲を見ると,最上位は20~21%で,最下位はは8~9%であり,上位と下位では最大で2.3倍新国富生産性が異なる。従って新国富生産性の水準からみると,秋田や鳥取,島根は,GRPを現在の2倍以上に引き上げる潜在性がある。一方で,東京や千葉,愛知などの上位の都道府県では,さらなる生産性の増加は難しいかもしれない。こうした上位の都道府県では,総額を増やすような政策が有効だろう(例えば,人工資本への投資を増やす,健康を増進する,自然を増やすなどの施策)。

内訳をみると,人工資本生産性は上位は1位東京(38%),2位沖縄(35%),3位埼玉(30%)であり,下位は45位秋田(17%),46位島根(17%),47位鳥取(16%)である。上位の1位東京は一人当たり新国富も1位で,2位沖縄は一人当たり新国富4位と,一人当たり新国富が高い都道府県が上位となる傾向にある。一方で,一人当たり新国富と乖離している上位の県は,人工資本生産性3位の埼玉では一人当たり新国富14位,人工資本生産性4位の神奈川では一人当たり新国富11位である。なお人工資本生産性の取りうる範囲は,最大値は35~38%,最小値は16~17%であり,上位と下位では最大2倍程度人工資本生産性が異なる。

人的資本生産性は,上位は1位千葉(140%),2位愛知(73%),3位京都(64%)であり,下位は45位高知(22%),46位秋田(20%),47位島根(19%)である。人的資本生産性(※ほぼ労働生産性を指す)が高い都道府県の傾向として,一人当たり新国富が低い都道府県が多い。例えば,1位千葉は一人当たり新国富47位(1,547万円),2位愛知は一人当たり新国富35位(2,651万円),3位京都は一人当たり新国富46位(2,070万円)などである。従って,人的資本生産性と一人当たり新国富はトレードオフの傾向にある。人的資本生産性の取りうる範囲は,千葉の外れ値140%を除くと,最大で73%,最下位は19~20%程度であり、最大で3倍以上の格差がある。

最後に自然資本生産性は,上位は1位東京(1.2万%),2位大阪(1.1万%),3位神奈川(27百%),下位は45位長崎(86%),46位高知(80%),47位北海道(36%)である。概して,新国富生産性や人工資本生産性が高い都道府県は,自然資本生産性も高い傾向にある。自然資本生産性の取りうる範囲は,ばらつきが大きすぎて推計することがあまり適当ではないが,上限は1万%以上,下限は100%以下であり,最大で格差は100倍以上である。

6. 南海トラフ地震の被害分析

6.1 南海トラフ地震の被害:人工資本

本節では,社会的レジリエンスの評価として,災害時に新国富にどのような影響があるのかを考えてみたい。南海トラフ地震(朝日新聞デジタル, 2015; 内閣府, 2014, 2015)で,東日本大震災を超える大地震が想定されている。内閣府(2014, 2015)の被害想定(2012年8月に公表)では,最悪で死者は32万3千人,負傷者は62万3千人,直接被害額(建物や電気,通信,上下水道,その他資産の損失,災害廃棄物処理費用などの累計)は全国で169兆円である。なお,死者は全国の値と,各都道府県の最大想定を足したものは必ずしも一致しない(各都道府県の死者数を合計するとのべ43.6万人となる)。

表5-8は,南海トラフ地震の被害の直接被害額とそれに基づくGRP減少予測を示している。まず直接被害額であるが,全国で169兆円であり,36都道府県で影響が出ると予想されている。直接被害額の上位5位は,1位愛知(30.7兆円),2位大阪(24兆円),3位静岡(19.9兆円),4位三重(16.9兆円),5位愛媛(10.9兆円)である。直接被害額は主に人工資本への被害であるため,人工資本(2015年)との比率を計算することで(被害額÷人工資本),新国富にどれだけの被害が出るかを見積もることが出来る。人工資本に占める割合の上位5位は,1位高知(81%),2位和歌山(56%),3位徳島(47%),4位愛媛(43%),5位三重(41%)である。高知や和歌山は大半の人工資本が失われ,日本全体では8%の人工資本が失われることになる。

この人工資本に占める割合に基づき,どの程度のGRPが減少するかを予測する。これは,人工資本生産性が南海トラフ地震の前後で不変であると単純に仮定し,人工資本の減少割合に2015年のGRPを掛けた値である(直接被害額÷人工資本×GRP)。予想されるGRP損失額の上位5は,1位愛知(8.6兆円),2位大阪(6.9兆円),3位静岡(5兆円),4位三重(3.4兆円),5位愛媛(2.1兆円)である。日本全体では,被災後に人工資本がが全く復旧出来ない場合,最大で年間42.7兆円のGDPが失われると予想される。なお,この値は最大の年間損失である。例えば,すぐに復旧し資本が回復した場合,GDPの損失は少なくなると予想されるので,この42.7兆円に年間の設備損傷率(0~100%)を掛けることで,より現実に即した年間GDP損失額を計算できるだろう。

6.2 南海トラフ地震の被害:人的資本

次に,人的資本の被害を推計する(表5-8右側)。まず各都道府県の最大想定の死者数はのべ43.6万人である(この値は全国の予想32.3万人とは一致しない)。死者は30の都道府県で発生すると想定されており,予想死者数上位5位は,1位静岡(10.9万人),2位和歌山(8万人),3位高知(4.9万人),4位三重(4.3万人),5位宮崎(4.2万人)である。避難者は1日目でのべ743万人,1週間目で966万人である。1日目の避難者は37都道府県で発生すると予想され,上位5位は,1位愛知(130万人),2位大阪(120万人),3位静岡(90万人),4位三重(56万人),5位高知(51万人)である。1週間目の避難者は40都道府県で発生すると予想され,上位5位は,1位愛知(190万人),2位大阪(150万人),3位静岡(110万人),4位三重(69万人),5位愛媛(54万人)である。

ここで,どれだけ人的資本が減少するかを推計したい。まず死亡の場合,死者数分の人的資本が失われることになる。被害を受けやすいのは幼児や高齢者など身体的弱者の可能性が高いが,ここでは単純化のため,平均的な人的資本を持つ人が亡くなると仮定する。この仮定に基づき,まず「死者数÷人口」で亡くなる人口の割合を計算し,次にこの割合に人的資本の値を掛けることで失われる人的資本を計算する(死者数÷人口×人的資本)。なお,人的資本はManagi (2019)より2015年の値を用いる。

死者(43.6万人)による人的資本の予想損失額は,総額4.8兆円である(人的資本の0.4%に当たる)。上位5位は,1位和歌山(1.1兆円),2位静岡(8.5千億円),3位高知(7.5千億円),4位三重(5.6千億円),5位徳島(4.8千億円)である。

次に避難の場合,死亡と異なり人的資本自体は失われない。ただし,避難中は教育活動や仕事に従事することが難しくなることから,人的資本が付加価値を生み出すのは難しくなるだろう。ここで重要なのは,避難は通常移動が伴うので,人的資本が移動することになる。最悪の場合,避難者はすべて他の都道府県に避難する。今回はこの最悪の場合に人的資本がどれだけ移動するか,その額を計算したい。これは,各都道府県がどれだけ災害リスクを抱えているかを示している。なお避難の場合も,すぐ避難できる人の人的資本には何らかの偏りが見られる可能性がある。例えば,所得が高い人ほど迅速な避難が可能であり,社会的弱者ほど災害が起きても避難できない可能性がある。しかしここでも単純化のため,避難する人は,平均的な人的資本を持つ人と仮定する。この仮定に基づき,まず「避難者数÷人口」で避難する人口の割合を計算し,この割合に人的資本の値を掛けることで,最大の人的資本移動額を計算する(避難者数÷人口×人的資本)。

地震発生1日目の避難による人的資本の移動額は,のべ75.8兆円である(日本全体の人的資本の5.9%)。1日目の上位5位は,1位大阪(11.9兆円),2位愛知(9.4兆円),3位高知(7.8兆円),4位三重(7.3兆円),5位静岡(7.1兆円)である。同様にして,地震発生1週間目の避難による人的資本の移動額は,のべ96.2兆円である(日本全体の人的資本の7.5%)。1週間目の上位5位は,1位大阪(14.8兆円),2位愛知(13.8兆円),3位三重(9兆円),4位静岡(8.7兆円),5位高知(7.6兆円)である。

7. 社会的レジリエンス強化に向けて~課題と展望

本章における社会的レジリエンスの強化は,(一人当たり)新国富の増加と定義する。これは,例えGDPが増加しなくても,新国富が増加する限り,持続可能性が高まるという考え方による。災害のような外的ショックが起きた場合,資本が毀損しやすいため,新国富が大きい地域のほうが,復旧しやすいと言える。なお,留意点として,レジリエンスと生産性は相反する可能性が高い。前述通り生産性は,付加価値÷生産要素で表されるため,生産要素が少ないほど生産性が向上しやすい。生産要素を少なくするとは,予備や余剰を省くことである。一方で,レジリエンスの考え方ではこうした予備や余剰が重要であり,万一の外的ショックに役立てることができる。

日本の場合,前述通り,新国富の総額は新国富5位(2014年時点)と世界上位である。一方で,一人当たり新国富(39位)や生産性は世界的にそれほど高いわけではない。従って,新国富総額は世界上位を維持しつつも,一人当たり指標や生産性を上昇させることが日本の課題となる。

日本で新国富の観点から社会的レジリエンスを強化するには,国内投資が重要である。社会づくりとしては,人工資本と自然資本への投資と適切な利用が必要である。まず,人工資本への投資(建物,設備)は,直接レジリエンスを強化する。近年国内製造メーカーの間で,海外進出した工場を,地政学的リスクや途上国の賃金上昇などにより国内へ工場を移転する現象が見られているが,こうした国内回帰現象は,人工資本を増加させることになる。次に,自然資本への投資であるが,枯渇性資源は海洋資源等で開発が成功しない限り今後も少ない可能性が高いので,非枯渇性資源への政策が中心となるだろう。非枯渇性資源に関しては,農産物や魚,木材の価格を上げ,間接的に農地,漁業資源,山林の価値を高めるような施策は効果がある可能性が高い。例えば,有機栽培やブランド化など付加価値を加えることで,価値を高める施策が重要になるだろう。そして,こうした資源の有効利用も重要である。なお,留意点として,保護貿易政策で輸入財に高い関税や非関税障壁を課すことで自国の自然資本の価値が上昇するかもしれないが,一方で国内依存度が増すことで国内の自然資本がより多く消費される可能性もある。

日本での社会的レジリエンス強化に向けた人づくりとしては,人的資本(健康と教育)への投資が重要となる。健康の政策については,2019年度一般会計予算の社会保障費は34兆円と歳出の3分の1を占め,医療費の増加が財政上の問題となっている。しかし本章の考え方では,こうした医療費の増加は人的資本の増加に寄与している可能性が高いので,もし医療費を削減する場合には持続可能で効率的な分配が求められる(ただし,医療費をどのように使うのが持続可能で効率的かというのは難しい問題である)。一方,教育の政策については,高校教育無償化や大学の学部進学率の上昇は人的資本の増加に寄与しているだろう。従って,大学や大学院への進学率を高め,高度専門職や高度人材(そしてシルバー人材)の雇用を増加させ,(教育の)市場価値を増やすような施策も有効だろう。

なお途上国や他国の場合でも,基本的には日本と同様に国内投資をいかに喚起するかが重要になるだろう。人工資本に対しては,自国や外国からの投資を増やすことが重要である。人的資本に関しては,医療と教育を充実させ,人の市場価値(人件費)を高めるような政策が重要となる。自然資本に関しては,枯渇性資源の利用から脱却し,非枯渇性資源の価値を上げ投資を促すような,産業の転換が求められるだろう。

8. おわりに

本章では,新国富について概要を説明し,新国富の3つの資本,人工資本,人的資本,自然資本の推計値に基づき,日本を中心に分析を行った。分析内容としては,新国富の総額,一人当たり指標,生産性(付加価値÷新国富)という3つの指標を紹介した。具体的な分析内容としては,全世界の1990年と2014年の比較(3節),日本の新国富(3節),日本とG7の比較(4節),都道府県別の新国富(5節),南海トラフ地震による被害との関連性(6節)を検証した。

結果を簡単にまとめると次のようになる。新国富は2014年の140か国で合計1,216兆ドルであり,これは年間GDPの約21倍である。従来の開発指標である一人当たりGDPは1990年から2014年にかけて,140か国中128か国で増加し,一見順調に経済が成長しているように見受けられる。しかし,新たな持続可能性指標である一人当たり新国富では,89か国でしか増加がみられず,多くの国では持続可能な開発が行われたとは言い難い。日本では,同期間に一人当たりGDPは31.2千ドル(10位)から,37.6千ドル(19位)に順位を落としたが,一人当たり新国富は,212千ドル(45位)から284千ドル(39位)に順位を上げている。従って,SDGsの観点からすると,相対的に持続可能性が向上していることが示される。

G7との比較では,日本は人的資本生産性(=労働生産性)もG7中6位と下位である一方で,人工資本生産性も最下位であるという結果が見られた。このことから,日本の競争力が低いとされる問題は,労働だけでなく,むしろ設備や建物といった通常の資本(設備効率や投資効率)にも問題があるのではないかと推測される。一方で,自然資本生産性はイギリスに次いでG7中2位であった。

都道府県別の分析では,一人当たり新国富が大きいのは,1位島根,2位山口,3位福井である。これらの都道府県は直感に反するかもしれないが,特徴としては港湾がある,発電所がある,公共事業の規模が大きい,工場が多いことなどが可能性として挙げられる。 また,南海トラフの分析では,最悪の場合で人工資本(計2159.6兆円)の8%が消失する。人的資本(計1,289.9兆円)は,死者(のべ43.6万人)により0.4%が失われ,1日目で5.9%が避難,1週間目では7.5%が避難することになる。

今後の新国富の研究課題としては,次のようなことが考えられる。まず新国富は,未完成の指標であり,今後も大規模な改定が続くであろう(2節参照)。具体的に,人的資本については,教育と健康における影の価格の推計方法と,教育と健康以外の人的資本の考慮が課題となるだろう。自然資本については,現在考慮されている5つ以外に何を追加すべきかの検討が必要となる。

応用面では,新国富の計測は本節で示した通り都道府県レベルなどに細分可能である。従って,市区町村の持続可能性評価に用いることができる。将来的には,地理情報システム(Geographic Information System)と連動して,地域メッシュ(地図上で対象地域を1kmなどの四角形で区切る)単位で新国富の計測ができるようになると予想される。このときに考えたいのは,新国富の空間的,地理的,時間的推移(割引率)である。新国富は資本であるが,一部の資本は移動させることが可能である。またストック指標であるので,時間的な影響も受ける。例えば,政策上で新国富を考える際は,新国富をいかに配置するのか,割引率をどのように考えるかといったことも重要であろう。

経済政策上の注意点としては,新国富と生産性をどのように考えるかが重要になるだろう。新国富の大きさは,GDPよりもSDGsの達成目標と整合的である。例えば,災害面では,新国富の大きさはレジリエンスの大きさに繋がりやすい。一方で,生産性の観点からすると,新国富は付加価値を生み出す生産要素でもある。従って,生産性を高めるには,新国富を相対的に少なくするか,新国富当たりの付加価値を増やすような施策が求められる。新国富を減らすというのはSDGsや厚生に反するため,新国富を減らさずにいかに付加価値を上げるかが重点となる。

具体的には,人工資本生産性を上げるには,設備や建物への投資効率をいかに上げるかが重要である。人的資本生産性を上げるには,教育当たりの付加価値や寿命当たりの付加価値を増やす必要がある。従って,教育年数当たりの質や,人々の寿命を延ばしつつ,さらに高齢者でも付加価値を生み出すものに従事することが必要となる。最後に自然資本生産性を上げるには,森林,漁業,鉱物の資源価値(ブランド価値)を高める工夫や,農地からいかに付加価値を生み出すかの工夫(耕作放棄地を減少させる)などの工夫が重要となる。また,日本はエネルギー輸入国でもあるので,再生可能エネルギーの普及率を増やすことでも,原油依存度が減り,相対的に自然資本生産性が向上することになる。このように,新国富と生産性のバランスをいかにとるかが,本章で考える経済政策上の課題である。  

参考文献


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